整理が進んだ、その先で

整理に追われる日々が始まった。
同時に、私は新たな現実に直面することになった。

未払いという「現実」の輪郭

未払いの全体像が、少しずつ見えてきたあと、私は支払いの段取りを考え始めた。
一つひとつは、決して特別なものではない。
税金。公共料金。住宅に関わる支払い。学校関係の未納金。
ただ、それらが、長い時間をかけて積み重なっていた。
手元に、十分なお金があるわけではなかった。
選択肢は、限られていた。
親戚や、信頼できる知り合いに頭を下げて回った。助けてくれる人は、確かにいた。
それでも、誰もが余裕を持っているわけではない。借りられる範囲には、おのずと限界があった。
銀行にも相談に行った。
だが、思うようには進まなかった。
携帯料金を含め、複数の支払いが滞っていたこと。ローンやカードの延滞があったこと。
信用情報に、傷がついていたのだと思う。
いわゆる「ブラックリストに載っている状態」だったのだろう。
結果として、ほとんどの金融機関では、話を進めることができなかった。
それでも、何度目かの相談で、ようやく手を差し伸べてくれるところがあった。
条件は、決して良いものではなかった。後になって振り返れば、かなり厳しい内容だったと思う。
それでも、その時の私には他の選択肢はなかった。
「借りられる」という事実そのものが、救いだった。

支払いと、胸に残った時間

借り入れが決まったあと、私は支払いの優先順位を決めた。
真っ先に向かったのは、息子たちの学校だった。
給食費。部活動の部費。その他の諸経費など。
長い間、未納になっていたものだった。
事務室で事情を説明する時間は、今でも鮮明に覚えている。
どう思われているのか。どんな評価をされているのか。
考えないようにしても、頭から離れなかった。
恥ずかしさと、申し訳なさと、言葉にしづらい屈辱のような感情。
それでも、払わなければならなかった。
子どもたちが背負うべきものではないと、はっきり分かっていたからだ。
その後、税金や公共料金、住宅に関わる未払いを順に整理していった。
借り入れたお金は、あっという間に減っていった。
通帳の数字は、ほとんど残らなかったが、
「支払いに追われ続ける状態」からは、確かに一歩抜け出せた気がした。
消費者金融に関する件については、弁護士に相談した。
契約の経緯。私自身が詳細を把握していなかったこと、全く知らなかったこと。
さまざまな事情を整理し、交渉してもらった。
結果として、支払いを免れる形で整理がついた。
救われたという気持ちは、確かにあった。
同時に、「知らなかった」では済まされない重さも、はっきりと残った。

少し息をつけた、その直後に

ほとんどの未払いを把握し、対応を終えたとき、私はようやく息をつける場所に立てた気がした。
それでも、状況は厳しいままだった。
「次は何が来るのか分からない」という恐怖は、まだ心のどこかに残っていた。
そんなとき、ふと、気になったことがあった。
給料から天引きされていた、積立金のことだった。
通帳と同じくゼロだった。なぜ、ゼロなのか。
長年、給与明細には記載があった。将来のために、少しずつ積み立てられているはずのもの。
通帳を確認したときには、そこまで意識が向いていなかった。
念のため、契約していた銀行に足を運んだ。
窓口で状況を説明し、話を聞いた。
そこで、私は新たな現実を突きつけられることになる。

手元にない

名義のはずのその積立金は、すでに解約に近い形で、残高が動かされていた。
私が知らないところで。
私は、その契約の名義人だった。
本来であれば、私以外が自由に解約したり、お金を引き出したりできるものではない。
そう理解していた。
だからこそ、説明を聞きながら、頭が追いつかなかった。
銀行の担当者は、淡々と事実を説明した。
書類。手続き。形式上は、成立していること。
その一つひとつが、静かに積み重なっていった。
未払いの整理が終わり、ようやく前を向こうとしていたときだった。
足元が、また崩れるような感覚があった。

まだ終わっていなかった

「まだ、終わっていなかったのか」
そう思った。
この問題は、単なるお金の話ではない。
長い時間をかけて、見えないところで歪んでいった現実。
そうしたものすべての結果が、いま、ここにあるのだと。
本当に向き合うべき問題は、これからだった。