遺留品と書類の整理の中で

妻の死後に見えてきた家計と通帳の違和感

妻が亡くなって以来
私は少しずつ遺留品の整理を進めていた。
一気に片づける気にはなれず
時間を区切りながら、できる範囲で手を動かす日々だった。
衣類や身の回りのものを整理するうち
自然と書類にも目が向くようになった。
電気、ガス、水道。
生活に欠かせないはずの支払いに関する書類は
これまでほとんど目にしたことがなかった。
「ちゃんとしているから」「あとでまとめて見せるから」
そう言われ続け、その言葉を疑わずにきた。
だが、その見せてもらえなかったことは
何度も口論の火種になっていた。
それでも私は、深く踏み込もうとはしなかった。
家庭が回っているのなら、それでいい。
どこかで、そう自分に言い聞かせていたのだと思う。
整理を続けるうち
タンスの奥に、ひとつの箱を見つけた。
中には、くしゃくしゃになった書類が
無造作に詰め込まれていた。
請求書、督促状、銀行からの封筒。
整えられているとは言い難い状態だった。
その中に、一冊の通帳があった。
これまで何度も話題に上がり、そのたびに見せてもらえなかった通帳だった。

通帳の中身

恐る恐る、その通帳を開いた。
最後に記帳された日付は、かなり前のものだった。
長い間、記帳がされていなかったことは
すぐに分かった。
嫌な予感がして、私は銀行へ向かった。
事情を説明し、可能な限り過去に遡って取引記録を確認させてもらった。
そこに並んでいたのは
私の給料や家賃収入が振り込まれ
ほぼ同じ日、あるいは即日に引き出されている履歴だった。
それが、何年も続いていた。
だが、そのお金は
住宅ローンや公共料金、子どもの学費といった
家庭のための支払いには、ほとんど使われていなかった。
その場で、理解できなかった。

書類が示していたもの

改めてタンスの奥の箱をみた。
書類を一つずつ確認していった。
断片的ではあるが
そこには確かな痕跡が残っていた。
住宅ローンの督促状、延滞金の催促。
携帯電話の請求書。
自動車税の督促状。
消費者金融からの催促状。
妻の親の病院費の領収書。
妻の親が使っていた車の購入契約書。
そして、妻の姪の学費の領収書。
それらを並べていくうち
点だったものが、少しずつ線になっていった。
妻は、自分の親を支えていたのではないか。
姪の学費まで、負担していたのではないか。
その一方で
自分の子どもの学費や給食費は後回しにされていた。
理解しようとする気持ちと
どうしても理解できないという思いが
同時に胸に残った。
この頃から
妻、義母、妻の弟がなぜ繋がっていたのか。
銀行で、なぜあのようなことが起きていたのか。
その理由が、ぼんやりと見え始めていた。

気づかなかった日常

当時、私の小遣いは月に2万円ほどだった。
だが実際には、「すぐ返すから」と言われ
受け取ったのとほぼ同時に妻へ渡していた。
小遣いがあったとは、言い難い。
通勤用の車のガソリンがなくなっても
渡されるのは毎回、千円程度だった。
それで何日も持たせるしかなかった。
かなりストレスの溜まる生活だったと思う。
今、振り返れば、明らかに不自然な状況だった。
それでも当時の私は
それを異常だと感じることができなかった。
「家族の事情だから」
そう受け止めてしまっていた。
なぜ、あの時、もっと強く疑問を持てなかったのか。
なぜ、立ち止まることができなかったのか。
今思えば
争うことをやめ、深く考えることを避けることで、
自分を納得させ続けていたのだと思う。
疑問を持つこと自体を
どこかで止めていた。
ああいう状態が洗脳状態というものなのか。
今となれば、そう思うこともある。
整理された書類と通帳の記録を前にして
私は初めて、自分が長い間
何も知らされない異常な状態にいたことに気付いた。
そこに残ったのは
静かな違和感と、どこにもぶつけようのない怒りだった。
信じていた日常は
そこにはもう、なかった。
その事実だけが、
書類と数字の向こう側から、
淡々と浮かび上がってきていた。