ひとまず、区切りがついたと思いたかった

ひとまず、終わったと思いたかった。
もうこれ以上、何かが起きることはないかもしれない。
そう思い込みたかった、というほうが正確かもしれない。
未払いの整理が、すべて終わったわけではなかった。
それでも、差し迫った支払いに追われる日々からは、かろうじて抜け出しつつあった。
「ここまでやれば、少しは落ち着くのではないか」
そんな感覚が、わずかながら生まれていたのも事実だった。
未払いの整理に追われるなかで、どうしても確認しておきたいことが一つあった。
給料から天引きされていた、積立金の存在だ。
給与明細には、長年にわたってその項目が記載されていた。
将来のために、少しずつ積み立てられているはずのもの。
だが、それがどこにも見当たらない。
後回しにしてきたが、「なぜゼロなのかが理解できなかった」。
ここから
その窓口で起きた出来事の話になる。

銀行で突きつけられた違和感

窓口で事情を説明し、資料を確認してもらった。
しばらくして、担当者が書類を手に戻ってくる。
その表情に、ほんのわずかな戸惑いのようなものを感じた。
差し出された書類には、私の名前と職場が記入されていた。
一見すると、契約者として何の違和感もない。
だが、そこに書かれていた文字は、自分の字ではなかった。
さらに、連絡先として記載されていた携帯電話番号に目が止まった。
まったく身に覚えのない番号だった。
見たことも、使ったこともない。
本来、積立金の解約や引き出しには、契約者本人の確認が必要なはずだ。
その確認先が、私の携帯番号ではない。
そう伝えたとき、銀行員の周囲が、わずかにざわついたように感じた。
銀行員の説明では、妻が積立金を引き出す際、その都度、私に電話で確認を取っていたという。
電話による本人確認が行われ、手続きは成立していた。
形式上は、問題のない処理だった、という説明だった。

電話の向こうにいた人物

銀行を一旦出て、私はその番号に非通知で電話をかけた。
数回の呼び出し音のあと、相手が出た。
声を聞いた瞬間、確認は不要だった。
妻の弟だった。
問いただすこともできた。
理由を聞くこともできた。
だが、その時の私は、何も言わずに電話を切った。
何も言えなかったのではない。
何も言わずに、その時は切った。
頭が追いつかなかった。
何が起きていたのか。
私になりすまして、電話に応答していたのか。
なぜ。
考えれば考えるほど、分からなくなっていった。
未払いの整理で、すでに心身ともに参っていた。
そこへ、これまで信じてきた前提が、音を立てて崩れていく感覚が重なった。

責任

銀行でのやり取りに戻ると、
最初は同情的だった銀行員の態度が、責任の所在に話が及ぶにつれて、少しずつ変わっていった。
説明を求める私に対し、見せられた書類の中には、
はっきりとした文言は覚えていないが、
「銀行の手続き上、問題はなかった」
「責任は問いません」
そういったニュアンスの説明が、いつの間にか紛れ込んでいた。
精神的に余裕のない状態だった。
未払いの整理に追われ、気がつけば、判断力も鈍っていたのだと思う。
危うく、そのままサインをしてしまいそうになった。
後日、弁護士にこの件を尋ねた。
銀行に責任を問うことは、おそらく難しいだろう、という見解だった。
形式上は手続きが成立している。
電話による本人確認が行われている以上、銀行側の過失を立証するのは容易ではない。
未払いの整理で精神的に参っていたところに、
さらに追い打ちをかけられたような感覚だった。

整理できなかった感情

妻に対する疑念。
妻の弟に対する疑念と怒り。
銀行に対する不信。
感情を整理する余裕は、まったくなかった。
何がなんだか理解できなかった。
整理できなかった。
騙されていたのかもしれない。
そう考えようとすると、怒りとも失望ともつかない感情が湧き上がる。
この先に、まだ何が待っているのか。
不安しかなかった。